1、なぜ日本はこんなに自殺者が多いのか

(2009年8月12日)
 2008年の8月31日の午後、私は岩手県二戸市のホテルの会議室にいました。二戸市保健所が主催した「自殺予防シンポジウム」のパネリストに招かれたのです。
二戸市は盛岡から新幹線「はやて」で北に20分。秀吉の天下統一に反旗を翻して斬首された、九戸政実の居城のあったところ。
山また山の急峻な地形がホテルの側まで迫っていました。窓の外は鬱蒼とした森に霧のような細かい雨が降っていました。
壇上のコーディネーターは県立病院の副院長(精神科医)、パネリストは自死遺族と地元民間団体の代表と私の3人でした。

 2時間ほどのシンポジストの発表が終わり、会場とのやり取りになりました。
数人の質問者の後に30台前半と思われる女性が質問に立ったのです。
後方からの質問で声がよく通りません。声が低くて質問の趣旨がよく理解できません。会場の係りがマイクを持って本人に渡しました。緊張しているせいか、すぐに声が出ませんでした。 
女性は、声を詰まらせながらも「なぜ日本はこんなに自殺者が増えたんですか」短く単純に問いかけたのです。コーディネーターの医師はパネリストの顔を一巡してから、私に答えを求めたのです。

 唐突な質問に、「なぜ日本の自殺者がこんなに多いのかはわかりませんが、いつから自殺者数が増加したのかはわかりますのでお答えします」と言って、
平成10年に日本の自殺者数が2万4千人から一気に35%上昇し、自殺者数3万人時代に入ったこと。
増加した自殺者数の大部分は経済問題や勤務問題や家庭問題であること。
平成10年に8400人も増加し3万2千人になった。
前年に北海道拓殖銀行や山一証券が破綻して銀行が不良債権の処理に走った。
金融機関の貸し渋りが始まり、ゼネコンや百貨店が倒産した。
失業率も高水準になった。経済破綻が企業倒産と失業者の増加を招き、経済苦の自殺者を増加させたのです。
とあるだけの知識を総動員して答えました。

 会場との遣り取りは終わりましたが、質問者はそんな答えを期待したのでは無かったのではないか、との疑念が残りました。
「なぜ日本はこんなに・・・」と自殺問題の本質に関わる答えを求めたのではないかと。

 「なぜ」の要因を地域経済の疲弊や所得格差やリストラに見出すことは容易です。しかし、増加の真因は日本人が未来に夢を持てなくなったからではないか。
経済的な繁栄だけを求めた国民の「宴の後」の空虚感が自殺者を増加させているのではないか。
物質的豊かさのみを希求したことの「つけ」がこころの貧困となって自殺者を増加させたのではないか。
と思えてなりません。

 放浪の詩人、山頭火に「分け入っても、分け入っても青い山」との句があります。人のこころは難しく、自殺問題もむずかしい。分け入っても、分け入ってもわからない世界です。「なぜ日本人は・・・・・」の問いは解けない謎のまま、ホテルの窓越しに降る霧雨の光景と共に、深い印象となって私のこころに残ったのです。

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2、マラソンランナー達のゆくえ

(2009年9月3日)
東京晴海の「ビックサイト」から新橋駅に向かうモノレール「ゆりかもめ」の車窓からは、高層ビル街の華やかな光景が見えていました。
2009年9月6日、夜の7時頃のことです。
9月10日のWHO(世界保健機関)自殺予防ディを前に、NPO法人「ライフリンク」が主催した「自殺のない生き心地の良い社会を目指して」と題したシンポジウムに参加した帰路のことです。ライフリンク代表の清水康之さんと姜尚中さんの対談を聞きたくて、シンポジウムに参加しました。

私は放心したような開放感に浸りながら、不夜城のビルの明かりが水面に映す陰影を見つめていました。
光の点滅を見やりながら、「ライフリンク」代表の清水さんが会場で流した「東京マラソン」の映像を脳裏に浮かべていたのです。

清水さんは自殺者数3万人時代の現状を「東京マラソン」の走者の数で示したのです。会場の参加者800人に自殺の惨状を実感してもらうために。
びっしりと道路を埋め尽くして走る「東京マラソン」の参加ランナーの数が日本の自殺者数3万人とほぼ同数だというのです。清水さんがビルの屋上にカメラを持ちこんで撮影したものでした。走者のドヨメキが熱気になって画面いっぱいに映されました。20分の放映時間分が、日本の3万人の自殺者の数だということでした。
会場がシーンとするほどの鬼気迫るものがありました。

あの3万人のマラソン走者達は、一体、どこに向かって走っていったのでしょう。ランナー達の行く先にどんなゴールで待っていたのでしょうか。

車体を傾ける「ゆりかもめ」に揺られながら、ドヨメキの残響に思いを巡らしていました。自殺した人達が叫んでいる歓声は何の声であったか・・・・・と。
生きることに絶望した人達の悲鳴に聞こえてなりませんでした。
懸命に努力しても報われない社会への怨嗟の声にも聞こえました。
「助けてくれ。助けてくれ」・・・・・・・・・・と。
眼下の水面に浮沈する光の明滅がランナー達の幻影のように見えました。
映像の臨場感が恐怖心になって胸を掠めていました。

日本の自殺者数が3万人をこえたのは1998年。
それから、毎年3万人ものランナーが「死のマラソン」を走っています。
11年間で33万人以上の「尊いいのち」が日本から消えました。不況下の今年も、間違いなく3万人以上の国民が「死のマラソン走者」になることでしょう。
10年以上も自国民の「いのちを救えない」世界に冠たる経済大国の日本。
何たることか。 やり場のない憤怒の感情が湧き上がりました。

秋田県の自殺率ワーストもなかなか返上できません。奔走することのむなしさと閉塞感を乗せたまま走る「ゆりかもめ」の車窓からは見える光景が、日本経済の張子の繁栄に見えていました。

3、「鳥の目」と「虫の目」

(2009年10月9日)
自殺対策には、幾つもの視点があるのでしょう。
「鳥の目」と「虫の目」の視点。
地域別に対策を打つ視点。
原因別、年齢別、業種別に対策を打つ視点。
事前予防、自殺発生の危機対応、事後対応の視点等、
もっとあるかも知れませんが、学問的研究は専門家にお任せすることにして、素人が現場で考える自殺対策の視点を述べます。

まずは「鳥の目と虫の目」の視点を。
「鳥の目」の視点は、宙を舞う鳥のように、日本全体を天空から俯瞰して対策を構築する方法です。
自殺対策基本法の制定や国が策定した「自殺総合対策大綱」がこれに該当するでしょう。都道府県が策定する「健康推進計画」等も、目線はもう少し低い位置になりますが、鳥の目線になるでしょう。日本全体、地域全体の自殺対策をどうするか、という視点です。総合的かつ包括的に、分析し、自殺対策を構築する方法です。
もう一つの「虫の目」の視点は、地を這う虫の目から見るように、自殺念慮者や未遂者に近接する位置から「個々のいのち」と直接に向き合うことによって、現場体験の累積から対策を構築する方法です。
保健師の相談活動、多重債務、グリーフケア、臨床心理士、医師、弁護士等の相談、民間団体の相談活動がこれに該当するでしょう。
「蜘蛛の糸」の経営者の自殺防止活動も後者に該当します。
日本の「鳥の目」と「虫の目」の対策の現状は、どの段階にあるのでしょうか。
「鳥の目」に、対策大綱の基本認識にある「自殺は追い込まれた末の死である」、という地上の個人の姿が見えているのでしょうか。そして、個々の「人間のいのちを救う」ためには、どんな政策や対策がベストであると、自信を持って言える方策が確立しているのでしょうか。

一方、「虫の目」の視点のほうはどうでしょう。
地を這うような視線で、個別の相談に応じている相談員や相談機関に、同大綱の基本認識の「自殺は防ぐことができる」対策が考えついているのでしょうか。
現場で活動している団体や個人で、自殺者数を減らせると考え、実践している人は何人いるでしょうか。日本全体を見回しても、数えるほどしかいません。自殺者数3万人を救うには、気が遠くなるほどの、少ない数です。
それに、「虫の目」で活動していると「個々のいのちを救う」ことに懸命で、全体の対策を考える余裕もないのでは。
「鳥の目」で俯瞰することは、築城に譬えるなら、設計図書を作ることであり、「虫の目」の活動は、地表から石垣、基礎、柱、壁と立ち上げることでしょう。  
両者は対立する関係でも、矛盾する関係でもありません。
試行錯誤の思考と実践の経過を経て、融合する関係にあります。
山頂から下山する人と、麓から登頂する人が、中腹で出会って、エールを交わすように。

それでは、秋田県の「鳥の目」と「虫の目」の関係はどうなっているのでしょう。
「官」「民」「学」の連携が進んでいます。県や秋田大学の俯瞰する「鳥の目」からは、自殺防止の全体像が相当見えているでしょう。
民間団体の「虫の目」目線からも、対策の全貌が次第に見えてきました。
登山なら、3合目か4合目位の感覚です。眼下に対策の景色が広がってきました。関係者が、自殺問題ではなく、自殺対策を語るように成りました。
5年間で519人から410人(20%減少)に減少したのは、連携の成果がもたらしたのでしょう。時間をかけた連携の努力は決して無駄ではありません。
自殺防止の究極は「地域住民のいのちを救う」こと。
「官」「民」「学」の密接な連携は、自殺対策の切り札になります。

「連携の重要性」について、
自殺対策基本法、基本理念2条〜4に
「自殺対策は、国、地方公共団体、医療機関、事業主、学校、自殺防止等に関する活動を行う民間団体その他の関係する相互の密接な連携の下に実施されなければならない」。と明記されています。



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4、400人の壁

(2009年10月24日)
秋田県の自殺対策関係者は、次第に底力を付けています。
県、市町村、秋田大学、医師会、民間団体の連携が進んでいます。研修会や講演会、シンポジウムが盛んで、関係者の意思疎通の機会が頻繁になり、関係者のお互いの顔が見えるようになってきました。
地元新聞(秋田魁新聞)の本格的な報道が始まり、自殺予防活動は県民運動の様相を呈しています。活動が「点」や「線」では無くなりました。縦糸と横糸を紡ぐように「官」「民」「学」連携のセーフテイネットが「面」になっています。まもなく、立体の重層構造の展開になるでしょう。

秋田県の自殺対策の特徴を羅列すると次の通りです。
1、県の健康推進課に自殺対策の専従班(自殺対策班)があり、10年の活動歴がある。
2、秋田大学医学部の本橋豊教授(医学部長)を中心とする「公衆衛生学的見地」の自殺予防研究の存在。
3、民間団体の熱心な活動の展開。自殺予防活動の民間団体が34ある。
4、秋田県医師会の協力医制度を中心とした取り組み。
5、全市町村が予算を組み活動に取り組んでいる。
6、地元新聞(秋田魁新報社)の連続した自殺予防報道。
等、多様な取り組みになってきました。

それぞれの団体、それぞれの活動に必要な「キーパーソン」の顔が見えます。活動歴も長くなり、活動団体に実力が付いてきたのです。
関係団体間が連携の形を成してきたのは、2003年頃からでしょうか。実質的な「官」「民」「学」の連携は5年間位の期間だと思います。
時系列的に見ると、秋田大学医学部が先行し、次いで秋田県、医師会と民間団体の活動開始が同時点にみえます。3年程前から地元新聞の報道、市町村の取り組みが始まりました。
自殺対策を進めるについて、活動歴が何年かは、大切な視点です。
なぜなら、どんなに有能な組織や個人でも、短期間では自殺対策の本質を見抜くことは難しいからです。
最初は連携の必要を感じないまま、組織の活動や維持に時間を費やします。時間的な経過を経て、自殺問題のむずかしさ、対策の大変さに気が付くことになるでしょう。懸命に頑張っても、なかなか、地域の自殺者は減らないからです。むなしさや閉塞感の「壁」に必ずぶつかります。自殺問題のむずかしさを認識し、自分の力、団体の力量を知って、他団体との連携の必要性に気がついた時が、半歩前進でしょう。
1年や2年の短期間では、ノウハウも不足ですし、「何としてでも自殺者を食い止めたい」という思いが丹田に湧きません。(私の場合ですが・・・・)

自殺対策は人間の「生と死」の尊厳の極致に関わること。
「人間学」の側面をもっています。死に追い詰められる人の心情を知るには、時間がかかります。
人間の悲嘆や苦悩、死に追い込まれた心理や「人間の不可思議さ」を知らなければ、自殺対策にはなりません。

秋田県の自殺者数が300人台から400人台になったのは1998年。
日本の自殺者数が3万人台になった年に連動しました。
370人から450人になりました。(25%上昇)
それ以後の11年間、一度も400人を切った年はありません。
自殺者数「400人の壁」、これこそが、対策の前に立ち塞がる「巨魁」です。この壁を突き破った時が、ワーストを返上する悲願の年になるでしょう。
県の達成目標「330人」の最終年度は2010年。来年です。
「400人」の壁を破り、県目標の「330人」になった時、自殺率全国一の返上と県目標が同時に達成されます。
全力を挙げて挑戦すべき課題です。
「400人の壁」について、先月(2009年9月20日)、地元秋田魁新報社の依頼で、秋田大学准教授佐々木久長先生との対談がありました。
当日の新聞記事を掲載します。秋田県の抱えている問題点が見えるでしょう。
(記事をクリックすると拡大します)

5、氷山の一角

(2010年1月26日)
新しい年、2010年が始動しました。
今年の日本の景気、日本の政治、日本の社会風潮は一体どうなることでしょう。
年の始めから「政治」と「カネ」の古典的政治問題がにわかに表面化して、日本政治にきな臭さが漂っています。政治の不安定は国家の不安定。政権交代の影響で、地方経済はいまだ、方向がさだまりません。
期待と不安が交錯したまま、新年度の予算の執行を注視しています。
選挙目当ての論戦は後回しにして、一日も早い予算案を通過させて地方経済を元気にして下さい。20年間の政策無策に生じた地域格差は少し位の対策ではもう、修復ができないかもしれません。なにしろ、秋田県の一人当たり県民所得は首都圏の48%まで下り、限界集落をかかえる町村の一人当たり所得は32%になっているのですから。
希望の一年になるか、可もなく不可もない一年になるか、期待はずれの一年になるか、今から12ヶ月後の2010年の歳末が楽しみになります。
希望を持って予測能力を駆使し、一年間を過ごしてみましょう。

さて、今年の日本の自殺対策、秋田県の自殺対策の行方はどうなるのでしょう。昨年の日本の自殺者総数は、まだ公表されていませんが、間違いなく3万人は越えたでしょう。
秋田県の自殺者数も400人を切ることは出来ませんでした。
昨年の数字は438名でした。(2010年1月21日秋田県警発表)
昨年より33人増加し、前年比8・1%の増加です。
増加率は全国の増加率を上回ったのではないでしょうか。
年齢別には、30代の若者の増加が27名から52名に急増し、自殺者数を押し上げました。これからの時代を担う若者の自殺は痛ましいかぎりです。
日本の自殺者数も秋田県の自殺者数も、この程度の対策では自殺者は防げないことを示しているのでしょう。自殺対策のむずかしさを痛感せざるをえません。

自殺問題を考えていたら、「氷山の絵」が思い浮びました。
「氷山の一角」という言葉は、表面に見えているものは、全体の十分の一に過ぎないということです。日本の自殺者数3万人の背後には10倍の自殺未遂者がいると言われています。秋田県の自殺者数「400人」の背後にも4000人以上の自殺未遂者がいるのでしょう。自殺対策に取組んでいる私達は、本当に海面下の氷塊の大きさを認識しているでしょうか。
日本の自殺者数、「3万人」の背後にある「30万人」、秋田県の「400人」の背後に存在する「4千人」を意識した対策がなされているでしょうか。
見えている数字に幻惑されて、見えない部分の存在の大きさの対策を怠っているような気がしてならないのです。
今年の「自殺対策の視点」は、相談現場から洞察する対策を提案していきます。

「氷山」の絵
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6、自殺に追い込まれる人はサインを発している

(2010年2月26日)
「自殺に追い込まれる人はサインを発している」と言われています。
自殺総合対策大綱の基本認識においても、「自殺を考えている人悩みを抱え込みながらもサインを発している」「死にたいと考えている人も、心の中では、『生きたい』という気持ちとの間で激しく揺れ動いて、不眠、原因不明の体調不良など自殺の危険を示すサインを発している」と書かれています。
それでは、自殺に追い込まれる程のサインとはどのようなサインなのでしょう。サインを発しているのに、なぜ家族や職場の同僚や隣人は気がつかないのでしょう。

2月1日と2日にかけて新潟県で講演する機会がありました。初日は雪と着物の十日町市、翌日は原発に揺れる柏崎市で。新潟県精神保健福祉協会「こころのケアセンター」の招きで『経済問題と自殺予防』についての講演をすることになったのです。東京に前泊し、7時48分発の新幹線「Maxとき」に乗り込みました。関東平野の抜けるような青空は妙高山の長いトンネルと抜けると一変し、川端康成の『雪国』の世界でした。「駒子」のような新潟美人の出向かいを受けて向かう会場までの道路は雪の回廊。少し位の雪の量には驚かない雪国秋田の私でも、さすがに十日町市の雪景色には圧倒されました。車の窓の外の景色が見えないほどの雪の壁ですから・・・・。

参加者は30名位で、保健師や社会福祉士、近接市町村の行政機関の担当者でした。講演の後半では、参加者を2〜3人のサークルにして質問を取りまとめて、活動上の疑問点に私が答える形式をとったのです。
質問の中に「自殺者に追い込まれる人はサインを発しているとは言われますが、どんなサインなのですか」の質問がありました。この質問に対する答えは、自殺対策にとって、重要なポイントを含んでいます。自殺を考える人はどこでどんなサインを発しているのかわかりません。サインを発していることが解ると自殺を食い止めることが出来るからです。
相談現場にいると、ご遺族の方の悲しみを聞くことは頻繁にあります。
また、ご家族を失ったばかりのご家庭で、これからの生活設計についての相談を受けることもあります。そのとき、家族は異口同音に「夫が(子供が)自殺を考えているとは思いもよりませんでした」「気がつきませんでした」と語っています。サインを発していることがわかったら、家族は懸命に止めるに違いありません。自殺を考えている人のサインは、家族さえも気がつかないほどの「微弱」なサインなのでしょうか。

3年前の2007年2月15日、私は、同じ質問を秋田県横手市の民生・児童委員会の講演会場で受けています。
「自殺防止は民生・児童委員にとって大変むずかしい。自殺は瞬間的なものだと思う。一緒に生活している家族でも気づかないことが多い。自殺する前に『シグナル』があると言いますが、人のこころは外から見えないものです。『シグナル』を発見するにはどうすればいいか」と問いかけられたのです。その時は、質問のむずかしさに答えることが出来ませんでした。

その4日後の2月19日の黎明、夢を見たのです。波のない穏やかな暗い海の上に無数の難破船が浮かんでいました。人気の絶えた船、中型、大型船が漂流していました。舳先の先端が海中に沈みこんでいる小船もあります。沈没が間もないのです。難破船に人が乗っていました。手を振っています。助けを求めているように見えました。遙か遠くに灯りが見えました。灯台の明かりです。霞んだ灯りがぼんやりと光っていました。
夢の中では、難破船の乗員は「助けてくれ」「助けてくれ」と手を振り「シグナル」を送っていたのです。灯台からは難破船に乗っている乗員の姿が見えませんが、乗員からは灯台の光が見えていたのです。
「シグナル」が見えないというのは相談機関側の発想です。発想の逆転をして一方的に自殺を考える人に「いのちを救う希望のシグナル」を送ればいいのです。灯台の光のように。灯台とは何か。相談者から見える、高く、強い光源の相談機関の存在です。自殺したいほど悩んでいる人に「決してあなたを死なせない」との強力なメッセージを込めて。継続反復のメッセージは必ず「乗員」のこころに届くに違いありません。

民生・児童委員会の質問は、「蜘蛛の糸」が徹底した啓発活動に舵をきるきっかけになりました。

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7、連携しながら前進を

(2010年4月16日)
今年に入り、東京都や新潟県等で、数回の講演する機会がありました。講演終了後の行政や民間団体との意見交流の場でいつも感じるのは秋田県の自殺対策の先駆性です。
秋田県には、秋田大学の自殺予防学のように県民の身近にあって助言してくれる大学もありますし、自殺予防の民間団体が34もあるのです。県や市町村の対策、医師会の協力医制度も含めて他県の対策よりは4〜5年は先駆していると実感します。自殺対策基本法(2006年10月施行)が制定され、これから対策を迫られる他県から見たら、秋田県の自殺対策は、活動団体と知的資源に恵まれているといっていいでしょう。しかし、これだけ先駆した「秋田モデル」の10年間をもってしても自殺率全国一は14年間も続いています。昨年の統計結果(厚労省人口統計)は6月までわかりませんが、警察統計では438人で自殺者数が増加していましたから、15年目のワーストはほぼ確実なようです。自殺問題の根深さを痛感します。秋田県の自殺問題の深刻さは、人数の多さは勿論ですがが、もっと深刻なのは期間の長さにあります。このまま16年、17年とワーストが続いたら、日本で最も「生きづらい秋田」の烙印を押されかねません。県民風土に与える影響も無視できないのです。
民間団体にできることに限りはありますが、自殺対策について、幾つかの私見を述べてみたいと思います。
一つは予知能力を駆使した対策です。日本の自殺対策は、予知能力に欠けていると思います。昨年の若者の自殺の増加は、製造業の大量減産や廃業、従業員解雇の時点で予測できたのです。対策が後手に回って前途ある若者達を大勢、死に追いやってしまいました。この不況はどの職種に影響を及ぼすか、どの年齢層が最も押し潰されるか、どの地域に対策をうつべきかを事前に察知して対策を打つべきでしょう。後手の対策をうっても「失われた人」は帰ってきません。自殺防止は後悔してからの方策では遅いのです。
二つ目は地域別に年齢、職業、原因別の対策を打つべきです。誰が考えてもマンモス都市東京の自殺対策と100万人規模の仙台や人口30万人規模の秋田市と1万人規模の町村の自殺対策が同じだとは思わないでしょう。また、中小企業経営者と勤務者、無職者の対策も同一ではありません。派遣切りで失業中の若者と65歳以上の高齢者では悩みの原因が違い、対策も方策も違うでしょう。啓発方法や動員する組織、相談員の適性も違うからです。
三つ目は「データに基づいた」対策を推奨します。統計数字と過去データを分析し、月別に緩急をつけた対策の実践です。自殺対策には過去データが極端に不足しています。公表はプライバシーの侵害に配慮する必要はありますが、公表することで救える命も沢山あるのです。自殺対策は「これ以上新しい自死遺族を日本につくらない」ための戦いでもあるのです。3月29日に秋田魁新報に、秋田県の自殺対策について私の意見が掲載されましたので、ここに掲載します。
(記事をクリックすると拡大します)

8、マンモス都市と過疎の町の自殺対策 

(2010年10月12日)
9月はWHOの自殺予防デー(10日)ということもあって、各地でシンポジウムやフォーラムの開催がありました。
9月〜10月の中で対照的に感じた二つの行事に参加しましたので、その感想を述べておきます。

一つは東京駅丸の内北口。
例年の9月10日は秋田駅の改札口の近くで、県知事、秋田市長や行政関係者や民間団体と共に朝の通勤通学者を対象に自殺予防のパンフレットは配布するのですが、今年は東京駅丸の内北口のビルの前でチラシやティッシュペーパーを配布していました。

9月10日の自殺予防デーに全国の民間団体の「自殺対策全国民間団体ネットワーク」が立ち上がるので、前日から東京入りしていたのです。前日の夕方、自殺対策支援センター「ライフリンク」の高村事務局長に呼びかけられ、朝の7時30分に東京駅丸の内側に到着すると、すでに参加者が集まっておりました。長妻厚生労働大臣、山井厚生労働大臣政務官、中井国家公安委員長、福山官房副長官等閣僚達も続々と到着して民間団体や内閣府の自殺対策室の職員と共に、東京駅から吐きだされるサラリーマンの人波に「いのちの大切さ」を訴える自殺予防のティッシュペーパーを配布しました。途中からは菅総理も加わったイベントになっていました。
私もオレンジのジャンパーを着用し通行人にいのちの大切さを呼びかけました。
信号が青にかわる毎に通勤を急ぐ通行人にティッシュを渡しながら、東京や大阪等のマンモス都市の自殺対策はどうなるのかとの気持ちが沸き起こってきました。人口の密集地では悩んでいる人の特定が難しいからです。都会ではどこに、どんな人が住んでいるかわからない。そのために、対策もなかなか難解なことになるでしょう。大都市の対策はどうしても「マス」の対策になります。それだけに対策が悩んでいる一人ひとりには届かないことになるでしょう。
自殺対策基本法が制定されてから4年目。総理や関係閣僚が街頭でパンフレットを配るほどに日本の自殺対策は本格的になったとの感慨も湧いていました。

もう一つは秋田県藤里町。
月を越して10月2日のこと。秋田県北部に位置する人口4000人の藤里町で、自殺予防シンポジウムがありました。この町の自殺予防民間団体「心といのちを考える会」は10年の活動歴があり、自殺対策白書にも掲載されている知名度の高い団体です。会員数も35名います。「コーヒーサロン・よってたもれ」や「赤ちょうちん・よってたもれ」等の独特な活動を展開しています。地域に根ざした地道な活動を続けてきました。当日は10周年記念ということもあって、町長は勿論のこと、議会議長や議員、社会福祉協議会、婦人会、商工会団体の各代表も出席して町ぐるみの自殺予防シンポでした。
哲学者・山内節(たかし)さんの「生命にとって無事とはなにか」と題した基調講演とシンガーソングライター野田純子さんのコンサートでした。

冒頭、町長の挨拶の中で、平成12年に藤里町が県にモデル指定を受けて活動を開始してから10年目になる。その10年間で町の自殺者数が「ゼロ」になったのは平成16年と20年の2回で、あとは絶えず数人の自殺者がいると話されていました。このことは人口の少ない町村においても自殺対策のむずかしさの一面を示しています。先駆的モデルの藤里町においても、自殺者数「ゼロ」を継続することは容易ではないということです。人口の少ない町では地域住民の生活状態はかなり把握できます。高齢者世帯や生活困窮者世帯等は役場の担当者レベルや民生・児童委員の段階である程度は掴んでいるのです。事前の対策もその分だけ容易なようにも思われますが、それでも自殺者数「ゼロ」の年を継続することはなかなか出来ないということです。

人口規模が1300万人規模の東京と4000人の藤里町の対策の比較は無理があるにしても、自殺対策を考える時に、都市や市町村の地域的特性や人口規模、産業構造、年齢構成等の地域分析なしには、有効な対策も進まないのではないか。9月10日の東京と10月2日に藤里町の行事に参加しながら、「地域別自殺対策」の必要性を感じたところです。

9、「自殺の危機経路」と相談体制

(2010年10月27日)
自殺対策支援センター「ライフリンク」が発表した「自殺実態白書」に「自殺の危機経路」という図形が掲載されています。(図―1)
「ライフリンク」が全国の自死遺族305人から聞き取り調査し、結果を2008年7月に「自殺実態白書」として発表しました。
この図は自殺に追い込まれる人の心理状態の変化をわかり易く表現しています。
人間が死に追い込まれるには「過労」「事業不振」「職場環境の変化」「身体疾患」「職場の人間関係」「失業」「負債」「家族の不和」「生活苦」「うつ病」等の主な10の誘引によって自殺に追いつめられるというのです。
追いつめられる人間が時間的経過とともに、視野狭窄になっていく姿が見えるようです。図の形は「蟻地獄」に見えませんか・・・・・。

図を凝視していると、自殺対策のひとつの方策が考えつきます。
図は、よく観察すると、一人の人間が10の原因で自殺に追い込まれているのではありません。一人の個人なら平均4つの原因で自殺に追い込まれると白書は分析しています。
経営者なら「事業不振」「負債」「生活苦」「うつ病」・・・・。
被雇用者は「配置転換」「過労」「職場の人間関係」「うつ病」・・・・。
無職者は「身体疾患」「失業」「多重債務」「うつ病」・・・・など
を経て「自殺」というように・・・・。(詳細は自殺実態白書参照)

「図―1」

それならば、一人の人間の職業別や原因別に「自殺の危機経路」に添って相談体制をつくることで「自殺者を食い止める」ことが出来るのはないかと考えました。
図を分解し、どの原因の相談には、どの機関が対応すべきかを当てはめてみたのが(図―2)になります。原因毎に相談に応じる機関の違いがわかり、複数の原因をひとつの相談機関だけでは対応しきれないこともわかります。
図をさらに細分化して観察すると経営者の相談なら「蜘蛛の糸」「弁護士または司法書士」「生活保護担当」「精神科医」等を中心とした相談体制。(図―3)
無職者なら「医師」と「ハローワーク」「生活保護担当」「精神科医」が相談に応じるというように連携の形が見えてきます。(図―4)
自殺に追い込まれる程、複雑に絡み合う相談者の悩みを解決するには、原因別関係機関が連携して対応するほうが相乗効果もでることでしょう。
この考えの具現化として、昨年9月から自殺予防民間団体(秋田・こころのネットワーク26団体)と弁護士・司法書士、臨床心理士、産業カウンセラー等の専門家が連携して「いのちの総合相談会」を開催しています。複数の民間団体や弁護士や司法書士、臨床心理士や産業カウンセラー等が連携する「ワンストップ」の面談による「いのちの総合相談会」です。
「危機経路」に添って事業不振、過労、職場環境の悩み、離婚、家庭問題や経済問題、倒産、失業等の複雑で多彩な相談を受けます。民間団体が時間をかけてゆっくり傾聴し、力量を超える法的判断や心理相談は専門家にリファー(専門機関への紹介)します。問題点を相談現場で解決する「いのちの総合相談会」は今年の12月までに13回開催されます。複雑な人間のこころの問題に対応する有効な方策として、今後も定着する相談活動になるでしょう。
図―2

図―3
図―4
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10、生きることに強い地域風土の醸成を

(2010年11月16日)
11月11日、愛媛県松山市で講演する機会がありました。松山市で自殺防止活動に取組んでいる「NPO法人松山自殺防止センター」のお招きを受けたのです。
松山市は正岡子規の生誕の地であり、俳句や短歌が盛んで文化の香りが漂う都市であるばかりか、これから年末にかけて放映されるNHKの連載番組「坂の上の雲」の主人公、秋山好古、真之兄弟の生まれた街でもあります。まもなく始まるテレビドラマのポスターの垂れ幕が街中のいたるところに貼り出されていました。私が松山市に興味を引かれたのは、「山頭火」の終焉の地であることをインターネットで知ったからです。「山頭火」が晩年に生活した「一草庵」を訪ねてみたいとの思いに駆られてしまいました。講演前日の午後に訪ねた「一草庵」は、路地の小道の高台にしずかに佇んでしました。たわわに実った柿が青空に映えて庵の秋に彩りを添えていました。

「山頭火」は山口県周防市の生まれ。11歳の年に母親が井戸に身を投げて自殺しました。生家は中農の地主でしたが、父親は家族を捨てて愛人のもとで放蕩し、家庭は崩壊していたのです。弟も自殺したこともあって、山頭火はこころに影のある人生を送ったようです。出家した行乞の山頭火は放浪の詩人「山頭火」といわれています。
「山頭火」の句でもっとも有名なのは

分け入っても分け入っても青い山

の句でしょう。
多様な人間の多彩な深層心理を描写している句にも感じます。

講演は「自殺防止の現場力」〜中小企業経営者と従業員、家族のいのちを守る〜というテーマで1時間半位のスピーチでした。スタッフの準備もよく、会場は熱心にメモされる方が多くて気持ちのいい講演になりました。
講演終了後、会場との意見交流の中で、
「秋田県はなぜこんなに自殺者数が多いのですか」との質問がありました。
この質問は、秋田県の自殺対策に取組むものにとって最も難しい質問です。正直にいって「なぜ秋田県の自殺率がこんなに高いのか」「なぜ自殺率全国一が15年も続いているのか」よくわかりません。雪国の天候のせいや飲酒量のせい、日照時間の関係や県民性を原因にする意見もありますが、どの原因も一面の事実をさすだけで、決定的な理由にはならないのです。秋田県の天候は昔も今も同じ、日照時間の変化もありません。それに昭和40年代は自殺者数200人台、50年代は自殺者数300人台で、当時は自殺率も全国平均以下でした。

秋田県の自殺者数の増加の原因として、一人当たりの県民所得の低さもあるでしょう。1990年にバブルが崩壊してから約20年。輸出産業や大手企業のない秋田県は日本経済の復活に取り残され、将来の進路や方向性を失ったかのように見えます。県民一人当たりの所得は東京の48%、過疎の町では32%です。日本には繁栄する都市圏と衰退する地方圏の二つの経済圏域が存在するようなものです。20年を越える地域経済の衰退と閉塞感で将来に夢を持ちづらくなっているのでしょう。人間は明日の希望や夢を失うと弱い生き物なのです。
しかし、我々が目指ざしている自殺対策は「天候が不順であろうが」「景気が悪かろうが」「県民性に原因があろうが」いかなる理由があっても、自殺者を減らしていく自殺対策の運動です。
「生きることに強い地域風土の醸成」と「悩んでいる人のいのちを救うセーフティネット」の構築こそ自殺対策に必要だと思って活動しています。

今年も残すところ僅か。11月と12月で新年を迎える季節になりました。
山頭火の句に次のような句があります。

一りん咲けばまた一りんのお正月

山頭火の住居(一草庵)
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11、自殺率よりも自殺者数対策の思考

(2010年12月7日)
先月の末(11月27日)北海道旭川市で講演する機会がありました(北海道上川総合振興局保健環境部主催)。「地域で取組む自殺対策と効果」をテーマでの自殺対策講演会でした。旭川市は札幌に次ぐ北海道第2の規模の都市で人口が35万人の中核市です。年間の自殺者数は100人前後で秋田市とほぼ同数で推移していました。会場のホールは200名以上の参加者で熱心にメモを取る人の多い熱気を感じるフォーラムでした。講師は慶応義塾大学教授大野裕先生とリレー講演。先生のお話はわかり易くて面白い。これで2回ご一緒しました。今まで岩手県や青森県等の東北の県都や石川県金沢市、栃木県宇都宮市等の幾つかの中核市や県都でスピーチする機会がありました。ある県の中核市の講演の終了後に数人の関係者から「目からウロコが落ちました」と言われた対策の思考がありますので、この機会に中核市の自殺対策についての視点を述べておきます。

中核市や人口規模の多い都市の自殺対策は、自殺率より自殺者数の削減を目標に掲げることを提案します。
自殺対策を考えるときに削減目標を自殺率で設定するか、自殺者数で設定するかは対策の思考を構築するときの大事なポイントになります。自殺総合対策大綱が「平成17年の自殺率を平成28年までに20%削減する」と自殺率で削減目標を定めていることもあって、各県や市町村は自殺率で目標を設定しているのが殆どでしょう。しかし、国や県のように国際比較や全国比較を求められる行政機関は別にして、中核市以下の人口規模なら自殺数の削減目標をかかげたらどうでしょう。自殺者数の削減目標をかかげるほうが対策の打ち方がわかりやすくなります。「率」の対策では原因別、年齢別、職業別等の対策が見えなくなってしまいます。県都や中核市では統計データに基づいて原因別、職業別、年齢別に対策の人数を推計しなければなりません。統計分析することで「経済問題」「健康問題」「勤務問題」のそれぞれは何人位が対象になるかという人数の実数を推定することが可能になります。原因別に対策の重要度が見えてくるのです。いずれ早い機会に原因別、職業別、年齢別対策の私見も述べますが、対策を遂行する場合に問題点や課題がわかるということは打つべき対策の方向性が考えつくということです。自殺対策は「人間の生き方に対する総合対策」。「個々の人間のいのちを救う」には関係団体との密接な連携が必要になります。そのためにも「わかりやすい目標の設定」が不可欠でしょう。人間のいのちは、かけがいのない一人ひとりの大切な「いのち」です。「率」で目標を設定するよりも「数」で目標を設定したほうが、減ったときの対策の効果を体全体で実感できます。

下図は秋田県における市町村ごとの自殺率と自殺者数を比較したものです(総合対策大綱の基準年の平成17年)。自殺率の高い方から対策を打つと、にかほ市、五城目町、鹿角市、三種町、大潟村の順番になります(図―1)。
その5町村の自殺者数は77人で、全体の自殺者数の16%にあたります。自殺者数の多い順番に対策を打つと秋田市、由利本荘市、大仙市、横手市、大曲市の順番になります (図―2)。5市の自殺者数の合計は244人となり、全体の54%を占めます。この二つの表からも自殺者数の多い市町村から重点的に対策を打つことによって、県全体の自殺者数が減少するし、県全体の自殺率も下がるということがわかるでしょう。

図―1


図―2
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12、1998年は「魔の活断層」〜総花的な対策よりも減らせる自殺対策の実践を〜

(2010年12月29日)
前回は「自殺率よりも自殺者数の削減目標」を掲げることを提案しておきました。自殺率よりも自殺者数の削減目標を掲げることの可否について、どちらの方がわかりやすいか、それぞれの団体や個人でよく考えてみて下さい。

今回は、「減らせる自殺は何か」について述べます。
まずは図―1をご覧下さい。
図−1は日本の自殺者数が2万人台から3万人台になった平成9年(1997年)と10年(1998年)の原因別自殺者数の断面を示したものです。平成に入って2万人台に入った日本の自殺者数はじわじわと緩やかに上昇して平成9年は24,391人でした。それが平成10年に一気に34.7%上昇し、32,863人になりました。2年間の原因別の図はまるで断層が隆起したような形です。
私はこの年(1998年)を「魔の活断層」の年と名付けました。
なぜ1998年に日本の自殺者が急増したかは拙著「自殺防止の灯台論」や「自殺防止の現場力」で述べていますので関心のある方は参照して下さい。
この年を契機に自殺問題が社会問題化してきました。

平成10年に増加した自殺者数は8,472人です。増加原因の順位は「経済問題」が70%(2,502人増)、勤務問題が53%(647人増)、家庭問題が39%(820人増)でした。(図−1)
図−1は「経済問題」とその周辺領域にある「勤務問題」と「家庭問題」の自殺者数の増加によって、日本の自殺者数が「3万人時代」に入ったことを示しています。図―1から日本の自殺者数の増加を招いたのは「経済問題」に起因する自殺の増加であることがわかります。それならば「原因のわかる経済問題」を先行させて対策を立てたらどうでしょうか。原因がわかるということは対策がわかるということですから・・・。

秋田県の自殺者数の減少を示すために原因別の推移のグラフを作ってみました。
図−2は秋田県の原因別の自殺者数の増減を示したものです(県警調べ)。
県警調べでは、秋田県の自殺者数は平成15年の559人から21年は438人と21.6%減少しています。実数で121人の減少です。平成19年の統計から複数原因を設定することが可能となり、18年以前とは不連続とはなりますが、赤線の「経済問題」の自殺者数が大きく減少したトレンドは観察できます。それと「家庭問題」による自殺者数が減少したこともわかります。また「健康問題」の自殺者数が減っていないこともわかります。
・経済問題/204人⇒114人に減少(90人、44.1%減)。
・家庭問題/47人 ⇒32人に減少(15人、31.9%減)
・健康問題/156人⇒177人に増加(21人、13.4%増)。
・その他不詳/152人 ⇒177人に増加(25人、16.4%増)

減らせる自殺から対策を打つと「対策の打ち方によっては自殺者を減らせる」という実感を「肌」で感じてきます。また減少しない自殺の原因がわかることで、次に打つべき対策の「課題」も見えてきます。誰だって全ての人のいのちを救いたいと思います。対策に優先順位などは付けたくはありません。しかし日本の自殺者数3万人の惨状を食い止めることはそれほど甘くはありません。

図−1

図−2


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13、自営業者の自殺者数が半分以下(52%)に減少

(2011年1月14日)
新しい年が明けました。
NPO法人「蜘蛛の糸」の活動も10年目に入っていきます。
「蜘蛛の糸」は「現場型」の実践活動団体です。一人ひとりの相談者の悩みに向かい合いながら当事者目線で自殺対策の思考を構築し、実践活動を展開してきました。
従って「自殺対策の視点」の対策は、これまで秋田県の現場で実践してきた「虫の目」からみる視点を述べています。

今回は、当法人の活動範囲である「自営業者とその家族」の自殺対策について述べます。
自殺対策をすすめる場合、統計を観察することは最も必要なことだと思います。
統計数字を分析することによって、むずかしい心の問題を客観視することが出来ますし、
過去統計に基づいて未来に対策を打つことも可能になります。いつも思うのですが、自殺者統計は亡くなられた人の悲しみを累積した「いのちの統計」で、自死された大勢の遺族の悲しみが背後にあることを肝に銘じなければなりません。亡くなった人は再びこの世に戻って来ないのですから・・・・。
統計に目を通すと、何月に対策を打つべきか、地域の自殺者の増減や原因別、年齢別、職業別の動向等を観察することができます。同時に対策の「課題」がみえてきます。「課題」が見えると対策がまもなく考え付くということでしょう。大切なことは自殺対策の「課題」が何かがわかることでしょう。

1月12日、秋田県警より昨年の自殺者数統計が発表され、それによると秋田県の自営業者の自殺者数は56人から43人に13人減少。対前年比は26%減少しました。
「蜘蛛の糸」の活動開始時点の89人からは半減(52%減少)したことになります(図-1)。県内の自営業者の自殺者数は活動開始前において85〜90人で推移していました。年間85〜90人の自殺者数は人口30万人規模の中核市の自殺者数にほぼ匹敵します。9年間かけて半減しました。52%も減少すると対策の効果を体で実感します。この難解な自殺対策も「やればできる」と・・・・・。

図−1


自営業者の自殺が減少したと思われる理由を列挙しておきます。
1.目標を「 89人から45人以下に半減させる」と明確に意思設定した。
2.自営業者とその家族に焦点を絞って対策を掘り下げた。
3.新聞、テレビ、チラシ等によって徹底的な啓発活動を行った。
4.「常設」「面談」「無料」の相談を9年間継続した。
5.過去統計に基づいて「一喜一憂」しながら将来にむけて対策を実行した。

県警の分類は職業別を自営業者・家族従業者、被雇用者・勤め人、無職者と3分類ですが「自営業者・家族従業者」の対策はもっとも減らしやすいのではないかと考えています。そう考える理由は
1.倒産は経済事象であり悩みの期間に一過性の要素がある
2.事業の失敗や挫折は原因が必ずしも病気でない
3.経済問題の悩みは相談現場で解決の方法を示せる
4.自営業者は「常在戦場」で鍛えているので復元力が強い
5.店舗や事務所を構えており相談者を特定しやすい
など。

秋田県において自営業者とその家族の自殺者数を半分以下にしたいとの「蜘蛛の糸」の念願は達せられました。それではこれからの活動目標はどうなるか。
まずは「行動」を起こす前に自己に沈澱し、じっくりと「思考」を構築することが大切かと!

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14、予知能力と自殺対策

(2011年2月7日)
予知に関わる興味い深い統計データを紹介しましょう。自殺対策についての思考の一端が見えると思います。

図―1は「蜘蛛の糸」の「自営業者とその家族」の自殺者数削減目標をグラフ化したものです。「蜘蛛の糸」の活動は秋田県において自営業者と家族の自殺者数を半分以下にすることにあります。10年かけて。具体的にいうと平成14年(活動時点)に89人であった自営業者の自殺者数を45人以下にすることを目標に活動をしてきました。相談回数が1000回を超え「自営業者と家族の自殺は減らせる」と確信を得た
段階で、将来に向かって目標数字を設定したのです。それからは「寝ても覚めても、どうすれば減らせるか」を考え、対策を実行してきました。数値目標を設定する際に考慮したことは、過去10年間の秋田県の自殺者数の増減傾向を観察したこと。「自営業者」統計を過去15年前に遡って増減傾向を把握したこと。その他にも、可能な限りの統計データを収集して、全国の統計データに目を通しました。そして減って欲しいとの願いを込めて、将来目標を図―1のように設定しました。

あとは「なにがなんでも減らすという」強い意志をもった実践行動です。「念ずれば花開く」(仏教詩人・坂村真民)の世界です。徹底した「啓発」と、ひたすら相手の立場に立った「傾聴」をコツコツと続けているうちに、減少したといっていいでしょう。

図―1


図ー2は、予知による「目標数値」と自営業者の自殺の「実数」を重ねたグラフです。
我ながらびっくりするほど「目標数値」と「実数」の差異が近似値にあります。
初年度の平成20年の目標67人、実数は67人で ぴったり一致。
2年目の平成21年の目標は53人、実数は56人で3人差でした。
3年目は目標42人、実数は43人でしたから1人差です。
9年目にして半減の目標を達成しました。

自殺対策基本法が制定され、自殺問題は「個人問題」から「社会問題」に価値観が切り替わっています。社会問題であるということは、いま日本に起こっている社会的背景が、どの層の、どの生活弱者に最も色濃く投影するかを予知し、事前の対策をうたなければなりません。平成10年に「経済問題」を起因して
日本の自殺者数が35%増加した時、またリーマンが破綻した翌年に予知能力の欠如によって対策が後手になり、大勢の人を死に追いやった教訓から学ばなければいけないと思います。

「蜘蛛の糸」の今年の活動は、まず自営業者とその家族の自殺者数を「40人台」に定着させることにあります。減らす対策よりも、増やさない対策になるでしょう。次の目標は一年の熟慮期間を経てから設定します。

図―2

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15、「何をやればいいのか、わからない」

(2011年3月8日)
3月8日のこと。長野県上田保健福祉事務所の依頼を受け、上田市で講演しました。上田市は真田昌幸、幸村親子の居城のある所。朝6時2分の新幹線「こまち」に乗り込み、大宮駅で新幹線「あさま」に乗り換え約5時間。上田駅に着いたのは10時52分でした。周囲の峻嶮な山岳に陽光が降り注ぎ、春を感じる日でした。「昨日の晩は雪が10センチ位降ったのに、もう溶けてしまいました」というタクシー運転手の案内で、まずは上田城に向かいました。3万数千の徳川秀忠軍勢と戦った不敗の知将、真田昌幸、幸村親子の城を見学したかったのです。城域を散策してから、隣接の博物館で権謀術策の知将昌幸、長男信之、次男幸村の肖像画を堪能してから講演会場に向かいました。

県外での講演依頼が増えてきて、会場から気にかかる質問を受けるようになりました。自殺対策基本法が制定され自殺対策に取組むことになるが、前例がない活動だけに「何をやればいいのか、わからない」という質問です。この質問は、今後も予想されると思いますので、一度、私見を述べておきたいと思い、講演の出だしは「自殺対策基本法が制定されています。自殺対策を進めなければいけませんが、対策の前例がありません。自殺対策といっても、何をやればいいのでしょうか」という問いに答えることから講演を切り出しました。

「自殺対策といっても何をやればいいのか、わからない」という質問を最初に受けたのは4年前の山形県酒田市でした。講演の終了後に行政担当者からであったと記憶しています。当時は明確な回答を持ち合わせず「自殺対策のような前例のない活動は、わからないままに活動していると次第にわかってきます」等と禅問答のように答えたことを記憶しています。最近は基本法が施行され、行政の活動が活発化したからでしょう。「何をやればいいのか、わからない」の質問が増えています。栃木県、北海道、新潟県で行政担当者や医師、弁護士から同様の質問を受けました。会場からこの質問を受けると、私は「来たな!」と内心で思い、短く断定な言葉で「啓発と相談です」と応えることにしています。ある会場で間髪をいれずに答えたら「わかりやすい」との答えが返ってきて苦笑しました。

「啓発」とは、悩んでいる人にメッセージが届くまでの徹底した啓発です。広報やマスコミ、関係団体の機関紙を使って行います。年に1回や2回の広報を行った程度では啓発活動になりません。自殺に負い込まれる人に届くまで何回でも繰り返します。自殺願望の人に届くまで・・・・。
もうひとつは「相談」体制の構築です。啓発活動を継続すると、始めは反応が鈍くても、時間の経過と共に啓発が浸透すると、確実に相談者が増えてきます。その段階までに、悩んでいる人を受け止める相談体制を敷いておくことは危機介入を可能にします。相談体制のセーフティネットが「悩んでいる人」が転落する「穴」を塞いでくれます。「啓発」と「相談」は車の両輪のようなもの。徹底した啓発と相談体制を構築するだけでも、相当の自殺を防げると思います。「何をやればいいのか、わからない」時は、まずはシンポジウムや広報での啓発活動を始める。それに平行して「相談体制」を構築することは、すぐにでもできる自殺対策ではないでしょうか。

上田市での講演は、70名位の参加者。メモを取る人や会場からの質問も活発で充実感に溢れました。講演終了後に民間団体と意見交換もあり、実りある上田市の一日になりました。会場の窓には峻烈な信州の山岳の上空に澄み切った青空が広がっていました。


(上田城・東虎口櫓門)


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